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広島地方裁判所 昭和41年(ワ)603号 判決 1967年5月31日

原告 友井美恵子 外一名

被告 高橋春男 外一名

主文

原告等の各請求を棄却する。

訴訟費用は原告等の負担とする。

事実

原告等訴訟代理人は、「被告等は原告友井美恵子に対し各自金五三七、七九九円及びこれに対する昭和四一年五月一日から右支払済にいたるまで年五分の割合による金員の支払いをせよ。被告等は原告友井進に対し各自金二七万円及びこれに対する昭和四一年五月一日から右支払済にいたるまで年五分の割合による金員の支払をせよ。訴訟費用は被告等の連帯負担とする。」との判決並びに仮執行の宣言を求め、請求原因並びに被告等の抗弁事実に対する主張として次のとおり述べた。

一、昭和四一年五月一日午後六時頃、三次市粟屋町上村上県道上で、被告高橋春男運転のマツダ三輪貨物自動車二頓積と原告友井美恵子(昭和二〇年五月四日生)運転の原告友井進所有の軽四輪乗用自動車とが衝突し、よつて原告美恵子は顔面右耳介切創及び左下腿擦過傷並びに右下腿打撲症の傷害を受けた。

二、右事故は、被告春男が運転免許なく、かつ無車検の上飲酒して、三次町方面から高宮町方面に向つて上り勾配となつている右道路上で、高宮町方面から三次町方面に向つて運行していた原告美恵子運転の車と出会がしらに衝突したもので、現場はカーブになつており見とおしがきかないので被告春男は警笛を嗚らすべきであるのにこれを怠つた過失により右事故を生ぜしめたものである。

三、被告高橋馨は、右貨物自動車の所有者で、同人の弟である被告春男を無免許であるにもかかわらず自己の運送業の運転手として常時使用していたものであり、本件事故は右事業に従事中に発生したものである。

四、原告等は本件交通事故によつて次の損害をこうむつた。

(一)  原告美恵子

(イ)  治療費金二〇、五九九円

(ロ)  休業補償金一七、二〇〇円

右原告は中国理研サツシユ株式会社に勤務し月給二万円を得ていたが、事故による欠勤によつて金一七、二〇〇円減給された。

(ハ)  慰謝料金五〇万円

右原告は未婚の女性であるところ、本件事故により前記傷害を受けたものであるが、全治後も右眼附近に切創跡が残り、かつ左右の眼が不揃となつたので婚姻の支障となり、又事故後昭和四一年五月一五日まで荒瀬病院に入院し、約六〇針縫合の手術を受け、その後も藤井外科病院において整形手術を受けた。

これ等による精神的苦痛に対する慰謝料は金五〇万円が相当である。

(二)  原告進

自動車破損による損害金二七万円

五、被告等の抗弁事実はすべて否認する。

六、よつて原告等は被告等に対し、原告等のこうむつた損害の賠償金とこれ等に対する各遅延損害金の支払を求める。

被告等訴訟代理人は、主文同旨の判決を求め、請求原因に対する答弁及び抗弁として次のとおり述べた。

請求原因一の事実のうち、被告春男運転のマツダ三輪貨物自動車二頓積と原告美恵子運転の軽四輪乗用車とが原告主張の日時、場所で衝突したことは認めるがその余の事実は不知。同二の事実のうち、被告春男が無免許で飲酒していた事実、右貨物自動車が無車検であつた事実、原告美恵子運転の乗用車が三次町方面から高宮町方面に向つて上り勾配となつている道路上を高宮町方面から三次町方面に向つて運行されていた事実及び衝突現場がカーブになつている事実は認めるがその余の事実は否認する。同三の事実のうち、右貨物自動車が被告馨の所有であることは認めるが同人は薪炭販売業を営んでおり、木出人夫をしている被告春男を雇傭した事実はなく、被告春男が被告馨の事業に従事中に本件事故が発生したとの事実は否認する。同四の原告等の損害の事実はいずれも不知。

被告春男は運転練習の目的で、右貨物自動車を被告馨に無断で持ち出し、前記カーブ地点に差しかかつたところ、前方から坂道を下つて来る原告美恵子運転の乗用車を発見したので、これと離合するため、ブレーキを踏んだまゝその場に停車し、その通過を待つていたところ右乗用車はカーブを曲ることなく、そのまま直進して右貨物自動車前部に衝突したもであつて、本件事故は原告美恵子の前方不注視か又は同人の運転技術が未熟であつたために生じたものである。被告春男は、無免許で、かつ飲酒していたとしてもこれ等は本件事故の発生とは関係がなく、道路端に停車して離合を待つていた同人の運転措置は適切なものであつて過失はなく、本件事故は原告美恵子の一方的過失によつて発生したものである。また被告春男の運転していた前記貨物自動車はエンジンの出力が弱く荷物を積んでは走らないので廃車にすべく手続中のものではあつたが、右は本件事故との間に因果関係がなく、更に本件事故と関係のある構造上の欠陥及び機能の障害はなかつた。

証拠<省略>

理由

昭和四一年五月一日午後六時頃、広島県三次市粟屋町上村上県道上のカーブで被告春男が無免許、無車検かつ飲酒して運転していた被告馨所有に係るマツダ三輪貨物自動車二頓積と三次町方面から高宮町方面に向つて上り勾配となつている右道路上を高宮町方面から三次町方面に向つて原告美恵子が運転していた軽四輪乗用車とが衝突事故を惹起したことは当事者間に争いがない。

成立に争のない、甲第七、第八号証及び乙第一号証の三、乙第四、第五号証、並びに証人上村義明、上村ニシエの各証言、原告美恵子、被告春男各本人尋問の結果によれば、本件事故の現場である粟屋町三四番地、上村初一方前の県道は幅員約四米、非舗装の道路であつて、交通閑散な見とおしの悪いカーブであることが認められ、これに反する証拠はない。

前記甲第七、第八号証、乙第一号証の三、成立に争のない乙第二、第三号証及び被告春男本人尋問の結果によれば被告春男は、右道路上を本件貨物自動車を三次町方面から高宮町方面に向けて時速約二〇キロメートルで運転し、前記カーブにさしかかりこれを右折しようとしたところ、対向進行してくる原告美恵子運転の本件乗用車を約一五メートル前方に発見したので、警音器を吹鳴することなく速度を減じ、約五メートル進行して右カーブ内の道路左端で、ほぼ停車状態となつたことが認められ、これに反する証拠はなく、他方、前記乙第四号証及び原告美恵子本人尋問の結果によれば、原告美恵子は、事故現場を従前にも通つたことがあるというのであるから、自己の進行方向前方に見とおしの悪いカーブがあることを知つていたものと認めることができるところ、前記甲第八号証、乙第二、第三、第五号証、証人上村義明、上村ニシエの各証言及び原告美恵子、被告春男各本人尋問の結果を総合すれば、原告美恵子は右道路を減速徐行することなく、時速約三〇キロメートルで進行していたが、突然直前に対向する被告春男運転の貨物自動車を発見し急制動の措置をとつたものの、前記カーブを左折することなく自車を道路右側部分に直進させ、その前部を前記の如く停車に近い状態にあつた被告春男運転の貨物自動車右前部に衝突させたことを認めることができ、右に反する乙第一号証の三、乙第三、第四号証の各一部は前記乙第四号証に照らして信用できない。

右認定の如き本件事故の態様からすれば、本件事故が被告春男の過失ある自動車運転により生じたものということはできない。同人が無免許であつたこと及び飲酒していたことは、一般論としては非難に値することではあるけれども、同人の運転方法は客観的に適切であつたのであり、右は本件事故の原因たる過失ということはできず、むしろつぎに説明するとおり原告美恵子の運転方法に過失があつたために本件事故が発生したものというべきである。

被告春男は、対向する原告美恵子運転の乗用車を発見した際その場で即時停車せず約五メートル前進しているが、前記甲第七号証及び証人上村義明、原告春男本人尋問の結果によれば、本件衝突現場は被告春男が美恵子の車を発見した地点よりも道路幅員が若干広くなつていることが認められ、これに反する前記乙第一号証の三の一部は信用することができないところ、前記甲第七号証及び被告春男本人尋問の結果によれば、被告春男は対向車と離合を容易にするために衝突地点まで車を進めたものであることが認められるのであつて、同人が対向車の発見地点で即時に停車しなかつたとしても、それは同人の過失であるということはできない。

また、本件事故現場は見とおしの悪いカーブではあるけれども、被告春男が警音器を吹鳴しなかつたことも、道路交通法違反による刑事処罰の対象たりうることは格別、本件事故に対する同人の過失であるというべきではない。すなわち、カーブを曲りつつあつた被告春男は対向車を発見して前記の如く自車を道路左端に移しているのであつて、同人がこのとき対向車もまた同人の運転する車の存在に気付いているものと信じたであろうことは経験則上容易に認められるとともに、前記甲第七、八号証、成立に争のない甲第九号証及び前記乙第一号証の三によれば、被告春男の貨物自動車の右側には少くとも一・八メートル位の余裕を残してあるのであるから、前記乙第一号証の三、乙第四号証によつて、車幅一・三メートルと認められる原告美恵子運転の乗用車は被告春男の貨物自動車と離合しうる条件にあつたことは明らかであり、かつ、前記乙第四号証及び原告美恵子本人尋問の結果によれば同原告において当時の状況で無事に離合することが可能であつたというのであるから、被告春男において対向車が徐行減速のうえ自車の右側を通過して無事に離合を完了するものと考えることは無理からぬところであつて同人が警音器を吹鳴して対向車に注意をうながさなかつたとしても、本件事故の態様からは同人の過失ということはできないところである。

これに反し、原告美恵子は前記のとおり自己の進行方向にカーブが存在することを知つているはずであるのに、減速徐行することなく漫然時速約三〇キロメートルの速度のままで勾配を下り、かつ、自動車運転手たるものは前方を注意して事故の発生を未然に防止すべきであるのに、対向車の存在を直前に至るまで発見せず、しかもカーブを左折すべきであるのに単に急制動の措置をとつたのみで何らハンドル操作をすることなく道路右側部分に自車を進行させて被告春男の貨物自動車と衝突するに至つたのであり、本件事故はもつぱら同人の右各過失によつて生じたものといわざるをえない。

そうして被告春男が運転していた貨物自動車は無車検であり、かつ同本人尋問の結果により同車はエンジンプラグの発火力不良によつてエンジンの出力が弱いという機能的障害を有していたことが認められるけれども、自動車損害賠償保障法第三条但書にいう「自動車に構造上の欠陥又は機能の障害がなかつたことを証明する」とは、自動車の運行によりいわゆる人身事故が発生した場合に、社会通念上相当と思料される範囲内でその人身事故という結果を生ずるについて原因になつたと判断される構造上の欠陥又は機能の障害のなかつたことを証明すれば足りるものと解するのが相当であつて、およそ総てにわたつて当該自動車の完全無欠性を立証すべきことが要求されているものと解すべき理由はなく、右のエンジンの出力が弱いという障害は、本件事故との因果関係の範囲外にあるものというべきであり、更に弁論の全趣旨に徴し、その他、本件事故と因果関係のある構造上の欠陥又は機能の障害はなかつたものと認められる。

以上によれば、被告春男には過失が認められず、かつ被告等の抗弁には理由があるから、その余の点につき判断するまでもなく、原告等の本訴各請求は、いずれも失当として棄却すべきである。よつて民事訴訟法第八九条により訴訟費用を原告等に負担させることとし、主文のとおり判決する。

(裁判官 長谷川茂治)

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